【新橋駅】再開発で消滅間近「ニュー新橋ビルと新橋駅前ビル」昭和・平成と新橋を支えてきたビル。

ビル・マンション・建造物

新橋と言えば今でも「サラリーマン天国」として賑わい現在もそれに変わりはありませんが、汐留や虎ノ門といった新しい再開発地区や、変貌の続く銀座に囲まれて、少し昭和の時代に取り残されたような街並みが広がっています。

主に男性向けの雑多な街並みが続いているのは神田にも似ていて、オフィス、外国人、高級、、といったイメージの強い港区の中で、一種の緩衝材のような役割とも言えます。

100年以上続く高架下にはレストランが並んでいます。現在我々が使う新橋駅は、1909年に「烏森駅」として高架鉄道が開業した始まりです。

1872年に開業した初代新橋駅はその後「汐留駅」に名称を変え、その後廃止されています。昔はヨーロッパのように新橋が南方面と上野が北方面のターミナルになっていたのですね。

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ニュー新橋ビル

烏森口から見たニューしんばしビルです。新橋駅はこの烏森口の他に、日比谷側の日比谷口銀座口、他にゆりかもめや汐留に繋がる地下通路のある汐留口があります。

新橋の烏森口の前にあるのが、ニューしんばしビルです。1971年(昭和46年)にオープンし、地下1階から4階までがお店になっていて、エスカレーターで上がることができます。その上にオフィスビルも付いています。

「サラリーマン天国」新橋の顔とも言える建物ですが、2022年までの解体が予定されています。

ニューしんばしビルの外壁です。この不思議な模様の一部は窓になっており、3階のカフェカトレアからはこの格子のようなデザインを通して外を眺めることができます。

1階の地図です。中央の通路はチケット売り場が集積していて、新幹線の切符や劇場のチケットなどをサラリーマン達が物色しています。随分と賑わうゴチャゴチャしたお店と、看板は綺麗なのに閑散としたお店があるのは不思議なものです。

新橋駅に面しては、全て洋服の青山になっています。お直しの受け取りは4階にあります。

オフィス棟へ続くエレベーターです。オフィスも大きなテナントはなく、細かく区画が分かれて入居しているようです。

2階に上がってみると、マッサージ店が多くありました。どの店もアジア系の女性がお店の前で数人暇そうに立っていて、お客さんが通ると「お兄さんマッサージ」と声をかけるのは、まるでアジアの裏通りのようです。前の男性は慣れたように無視して通り過ぎましたが、私はあまりに想定外の光景に驚いてしまいました。2階はマッサージ店が多いようです。

3階のティーラウンジ、カトレア。ニュー新橋ビルの完成時からある喫茶室で、お店の様子も昭和にタイムスリップしたような様子です。

スマホが無ければ「今って何年でしたっけ。」「今年?昭和54年だよ」なんて会話が聞こえてきても違和感がなさそうです。

3階のマップです。レストランから事務所まで、多様です。

4階のマップは随分と新しいです。東京囲碁会館、麻雀サロンなど、なかなか普通のショッピングセンターでは見かけないものもあります。そもそもニュー新橋ビルはショッピングセンターというよりは雑居ビルという位置付けなのでしょうか。

階段の表示やタイルから古さが伺えます。急速に変わってきた平成の世で、多くの古い建物が取り壊されてきました。

昭和の刑事ドラマに出てきそうな屋上です。

地下1階です。

飲食店が多くあります。この変化と古さが東京の魅力ではあるのですが、サラリーマン天国と言われる街を支えてきた昭和のサラリーマン達は次々と退職し、新橋という街を後にしてしまいました。

今の若い人たちがどの程度、会社帰りにスナックに立ち寄ってお金を使うのか、定かではありません。大人の遊びやお酒の飲み方を教えてくれる上司がいなくなり、スマホの登場もあり、そういった時間を過ごす若者は減っている可能性もあります。

 

地下一階の地図

開業時からある喫茶フジです。

SL広場から見たニューしんばしビル。

2023年完成を目処に高層ビルへの再開発が予定されているとの計画が発表されています。

しかし現在はテナントが空いている訳でもなく、これから撤退、取り壊しと高層ビルを建てるのであれば、結構な時間がかかりそうです。

 

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新橋駅前ビル

烏森口にあるニュー新橋ビルの反対側、汐留口に要塞のように建っているのが、新橋駅前ビル1号館と2号館です。汐留と新橋駅をブロックするかのように横たわるビルは、1966年に開業。ニュー新橋ビルよりも、5年早く開業しています。

ニュー新橋ビルと同様、新橋駅前ビルも2022年までに解体が予定されています。

臨海部への輸送ルートとなる交通システム「ゆりかもめ」の始発駅がある新橋駅汐留口です。

豊洲や晴海といった臨海部の人口増が著しくなっていますが、新橋駅はその地域と都心を結ぶ新しい交通システムの玄関口になると計画されています。

築地市場の移転後の再開発や、オリンピックの選手村跡地のマンション販売、タワーマンションが次々と建設され、今後も中央区や江東区の人口増が予想されています。臨海部からのアクセスを支えるには、更なる交通機関(地下鉄やBRTなど)が必要と言われており、その玄関口として新橋が予定されています。

再開発の場合、この新橋駅前ビルは新たなバスターミナルなどを含む大規模な再開発になることが考えられますが、新橋駅前ビルは区分所有者が300人以上もいるとのことで、なかなか合意が難しいようです。

安っぽさがなく、とても重厚感のあるビルであることが分かります。

裏口です。この壁の深緑〜濃茶のレンガはよく見かけますが、昭和40年代頃に流行っていたのでしょうか。

新橋駅前ビルの1階の呑み屋街です。B1も同じように飲食店が多くあります。2階は数件の飲食店があるだけで、殆どが事務所になっていました。

新橋駅前ビルは地下で駅に直結しているという強みはあるものの、駅の反対側にあるニュー新橋ビルに比べると、人は圧倒的に少ないです。お店が少ないことや、立地が原因かと思われます。

新橋を支えてきたサラリーマン達が新橋を去り、新しい世代を迎えるに相応しいビルに建て替えていく。それが東京の進化の仕方なのかもしれません。

昭和の光景が少なくなっていくのは残念ですが、私の私感では日本人の傾向として明治や江戸時代のものは好きでも、昭和のものにあまり愛着を感じることは無いように思います。地震がある日本では耐震補強の基準も変わり、人命第一ということで仕方がないのかもしれません。

関連リンク

新橋と臨海部を結ぶBRT計画(東京都都市整備局)

新橋駅再開発・ニュー新橋ビル、新橋駅前ビル(東京都都市整備局)

 

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