泉岳寺駅 (高輪ゲートウェイ駅)ってどんな街?(2)高輪の寺院街

泉岳寺駅 (高輪ゲートウェイ駅)ってどんな街?(2)高輪の寺院街

泉岳寺駅 (高輪ゲートウェイ駅)界隈

  • 泉岳寺駅や高輪ゲートウェイ駅 の北側には、泉岳寺や高野山別院など多くの寺院が集積。
  • 京急・都営の泉岳寺駅と高輪ゲートウェイ駅)(予定)が最寄り。
  • 「大石良雄外十六人忠烈の跡」など赤穂浪士にまつわる史跡も多い。

駅の南側については、泉岳寺駅ってどんな街?(1)に書いています。

まもなく消失?泉岳寺のトンネル【高輪ゲートウェイ駅】ってどんな街?(1)

高輪ゲートウェイ駅と泉岳寺駅周辺

高輪ゲートウェイ駅ができるのは南側の線路のやや左側

建設中のリニアが来る品川駅に近いことや、開業が迫っている品川新駅(高輪ゲートウェイ駅に決定)が近いこともあり、再開発などで活気づく泉岳寺駅界隈です。

名称が決定した品川新駅(高輪ゲートウェイ駅)

JRが決定した名称から大変な騒ぎになってしまいましたが、「高輪ゲートウェイ駅」というのは隣にリニアができることや羽田空港が近いこともあり、「高輪にある東京へのゲートウェイ」と言う意味だったのだと私は思います。

ただ、外国人であれば「高輪へのゲートウェイ」と聞こえてしまいそうです。別に高輪へのゲートウェイでもいいのですが、颯爽と降りたところで特に何がある訳でもないのが高輪です。

これからJR東日本による開発などで発展してくことと思いますが、現在はどういう街並みなのでしょうか。

高輪ゲートウェイ駅の北側には京急・都営地下鉄の「泉岳寺駅」があります。

その泉岳寺駅付近からJRの線路を見ると、右寄りに品川駅周辺のビルが見え、一番右下にある白い屋根が新しい高輪ゲートウェイ駅です。あまり見えませんが、かなり品川寄りにあることが分かります。

完成予想図 JR東日本のプレスリリース

その「高輪」ですが、周辺は高台にある静かな住宅地となっており、学校や寺院などが集まるエリアになっています。「高輪駅」は存在しておらず、都営浅草線に「高輪台駅」が、都営三田線・メトロ南北線に「白金高輪駅」があります。

泉岳寺駅と白金高輪駅の間にある、できるだけ多くの寺院を回ってみることにします。

泉岳寺駅〜泉岳寺へ

泉岳寺駅は第一京浜の地下を通っています。奥に見えるのは田町駅に近い、住友不動産三田ツインビル西館です。三田駅ってどんな街?でも出てきました。

三田駅からもそれほど遠くないことが分かります。

 

泉岳寺入り口から南側の様子。遠くの空が開けてるのはJRの線路です。

泉岳寺駅から品川寄りのA2出口を出ると、すぐに有名な「泉岳寺」が見えてきます。

何か食べようかと思いましたが、あまり飲食店の多くないエリアのようです。チェーン店で目についたのは親子丼の「なか卯」くらいでした。

泉岳寺駅の駅名の由来となった、曹洞宗泉岳寺

泉岳寺の入り口には少ないですがお土産屋さんが並んでいて、外国人観光客がのぞいていました。

泉岳寺は大石内蔵助(良雄)を中心とした赤穂浪士が祀られていることで知られています。

赤穂浪士終焉の地(赤穂浪士のうちの16名が切腹した細川家屋敷跡)は、この後に出てくる都営アパートの敷地内にあります。

泉岳寺の境内です。この歴史は外国人の中でも知られているようで、欧米人をちらほら見かけます。奥には「赤穂義士記念館」があり、こちらは有料(大人500円)になります。

 

さて、泉岳寺を出て西側(品川寄り)の寺院から回っていきます。

泉岳寺は坂の下にあり、周囲の丘に学校や寺院が点在しています。

周辺は坂の多い静かな住宅地です。

高野山真言宗金剛峯寺 東京別院

まずは西側には、高野山真言宗金剛峯寺の東京別院があります。

境内は駐車場が大きく高野山をイメージして行くと少し異なりますが、最近大きく整備されて見所が多くなったようです。本堂に入ると、信仰の深い重みを感じる冷んやりとした空気と香りに包まれます。

慣れない街を歩いていて、ホット安心する弘法大使の像です。以前高野山の奥の院に夜に参拝に行った時は、森の中に浮かび上がる奥の院に感動したものです。

四国四十八箇所の全てのお寺の像があります。こちらの高野山東京別院は高輪周辺では泉岳寺についで大きい敷地なのではないでしょうか。

少しずつ東へ移動していきます。

住宅地の中の重厚感。承教寺(日蓮宗)と二本榎

路地を歩いていると、突然に歴史を感じる寺院に出ます。日蓮宗の承教寺(じょうきょうじ)です。

この鐘楼は1653年築だそうです。住宅地の中に突然すごいものがあります。

急にどこか遠くの寺院に迷い込んでしまったかのようですが、ここは確かに東京都港区高輪二丁目です。

 

山門、仁王門、鐘楼は1653年、本堂は1781年の建築とのこと。

古い寺院街にタイムスリップしたかのような空間です。

しかし見上げるとそこは東京。承教寺の山門と仁王門の間から見上げると、タワーマンションがそびえ立っています。

左に見える白亜のタワーマンションは「高輪ザ・レジデンス タワー棟」です。47階建。

右の緑色のタワーマンションは「シティタワー高輪」35階建です。

承教寺の山門前にある二本榎の碑。榎(えのき)の木というのは、あまり見かけないです。

丸山神社と廣岳院

少し歩いて裏道に入ると、丸山神社というこじんまりとした神社がありました。そこい「高輪二本榎町会」という看板がありました。あの承教寺の二本榎はこの界隈の名称になってるようです。

丸山神社の前には曹洞宗の『廣岳院』という寺院がありました。山号の醫王山が書かれています。この界隈は泉岳寺と同じ曹洞宗の寺院が多くありました。

高輪の住宅街を、もう少し東に進みます。

あ、あれ『とらや』? 「かすてら、羊羹」などと書いてあります。見た感じでは営業していない旅館のような年季の入った佇まい。

以前ここに店舗が?と思って調べた所、デパートなどに入っている『とらや』とは別の企業のようです。

こちらの高輪の虎屋さんは、残念ながら暖簾を下ろしてしまい営業していないようです。

少し奥まった所に浄土真宗の「證誠寺」(しょうじょうじ)がありました。

大石良雄(大石内蔵助)外十六人忠烈の跡

ここは高輪(品川プリンスホテルの裏手)と三田を結ぶ通りで、泉岳寺駅がある「第一京浜」と少し北の「桜田通り」の間の丘の上を並行して通っている道です。

遠くに見える茶色い高層ビルは「住友不動産三田ツインビル西館」です。

まるで香港かどこかアジアにありそうなマンションがありました。驚いたことに都営アパートだそうです。

更にこの敷地の裏手は熊本藩細川家の下屋敷跡地となっており、「大石良雄外十六人忠烈の跡」があります。

実際の土地は草が生い茂り塀で囲まれていますが、東京都の看板が立っています。大石内蔵助をはじめとする赤穂浪士のうちの16人がここで切腹をし、のちに泉岳寺に祀られています。

泉岳寺は都心にあってタワマンなどの建設が進みながらも、住宅地の中に歴史が溶け込んでいる街です。

歴史がズーンと沈んでいる、そういった印象の街です。少しまた三田方面に進むと、ちょうど泉岳寺の裏手に出ます。

保安寺(曹洞宗)

泉岳寺の寺院巡りで、一番印象に残っているのがこの曹洞宗の保安寺です。泉岳寺の方向に向かって階段で下っています。

静寂に包まれているかのように見えますが、実際は近くの学校の賑やかな声に包まれています。

夏の終わり、こちらの寺院は植栽がとても綺麗でした。

芙蓉でしょうか。

細い路地を抜け、一度泉岳寺駅へ戻ります。

両側が高輪学園に挟まれていて、結ぶ橋を学生たちが元気に通り過ぎて行きます。

私が学生の頃ってこんなに元気だったかな?とそんなことを考えながら歩きます。

路地が続きます。泉岳寺ってもう少し観光地として注目されてもいいのでは。

次回は泉岳寺駅の東側にある寺院を見て行きます。

泉岳寺駅周辺の街の印象

駅周辺は第一京浜沿いを中心にオフィスが林立しています。

住宅やマンションが流のは高輪の丘沿いになります。都内屈指の高級住宅地である御殿山や白金台に続くエリアですが、昔ながらの寺院街のような静かな風景が残っていて驚かされます。

街全体に私立学校や宗教施設、企業などの機関や施設といったものが点在しているのは都心ならではと感じます。

北側は再開発が進んだ白金高輪駅が遠くないので、泉岳寺駅を最寄りとする地域はさほど広範囲ではなさそうです。

高輪ゲートウェイ駅に絡む開発によって高輪周辺は大きく変貌を遂げそうですが、「いつまでも静かにしておいてほしい」北側の寺院街からはそういった声が聞こえてきそうでした。

泉岳寺駅ってどんな街?(3)に続きます。

泉岳寺ってどんな街?(3)高輪・三田の寺院街

泉岳寺駅へのアクセス

駅自体はこじんまりとした地下駅ですが、都営浅草線・京急のターミナルであることから空港アクセスは抜きん出て便利です。将来的にリニアのターミナルとなる品川駅へも1駅です。

品川駅:2分 京急線1駅

羽田空港国内線ターミナル:17分 エアポート快特直通

成田空港駅:76分 エアポート快特直通

新宿駅:24分 浅草線大門駅から大江戸線のりかえ(最安ルート)

都営バス「品97(新宿駅西口行き)」は、品川駅から広尾や青山一丁目を通って新宿三丁目、新宿へと抜けるバス路線です。新宿方面のみ泉岳寺を通ります。

泉岳寺駅に関するリンク

東京都交通局 泉岳寺駅

曹洞宗 泉岳寺

高野山 東京別院

大石良雄十六人忠烈の跡(東京都教育委員会)